第2章 始まり
首筋に手を添えると確かにチクリと痛かった。指先に少しだけ血もついてる。この程度何ともないけど。目の前に座り込んでいた秀吉さんが立ち上がる。…なんか、目、怖い。
「あ、あの…。」
「なんかさ、あんたから凄い甘い匂いがするんだよね。」
1歩後ずさると、1歩また距離を詰められる。なんとなく獲物を前にした獣のように見えて、怖かった。話す度にチラつく細く尖った牙が目につく。
「普段は血を見たからといって、こんなにも飲みたいっていう気持ちにはならないんだけど…。」
「秀吉さん、目が怖い…わっ!」
また1歩、身を引いたら背中に何かぶつかった。大木だ。逃げ場を失った所で秀吉さんの真っ直ぐな瞳と視線が絡む。そして、あっという間に再び胸の中へと抱き込まれた。
「あんたの血、すごくいい香りだね。」
そんなこと言われても私にはわからない!血の匂いなんてみんな同じだ!!
そう叫びたいが、うっとりとした熱っぽい声に言葉が出て来ない。た、食べられる…?そんな不安と緊張感に寧ろ血の気すら引いた。
「なんだか…飲まずにはいられないって気持ちにさせられるっていう感じ。ちょっとだけ、味見させて貰おうかな。」
秀吉さんのふわふわな髪が頬を擽り首筋に熱い吐息が触れる。怖い、けれど突き飛ばす事も出来ずただ固まっているとぬるりとした熱い舌先が傷へ這う。普通に痛い。
「っ…!!」
痛みに身体が跳ねると秀吉さんがそれに気付いたようで直ぐに身体を離してくれた。その表情は捕食者のような瞳では無く、出会った時みたいに穏やかな顔だ。
「…あはは、ごめんごめん。ちょーっと脅かしすぎちゃったかな?小さな傷だったから舐めときゃ治るかなーと思って。俺なりの手当って事で大目に…て、あれ?なんだ…これ?」
曖昧に笑った秀吉さんの表情が強ばった。次の瞬間、彼から放たれる眩い光に反射的に両目を閉じる。光を失った頃、ゆっくりと目を開くとそこには姿の変わった秀吉さんが立っていた。茶色い髪は黄色っぽく変わり、エスクテでも付けたかのように後ろ髪が長く伸びる。よく見れば瞳の色、頭飾りや甲冑まで変わっていた。
「これ…まさか…【覚醒】…!?」
驚いたような声を上げると秀吉さんは私が腕に巻いたハンカチを解いてしまった。
「秀吉さん!解いたら血が…。」
「…ううん、大丈夫。だってほら、怪我、治っちゃってるし。」