第2章 中編
力は失っても、彼女には歌が残されていた。
昔祖母から教えられた、異国の言葉で奏でる歌。
その歌には何かしらの力が宿っているらしいが、私はまだその力を発揮したことがない。
まぁ今更もうどうでもいいのだが。
「そういえば、命を救ってくれたお礼をしていませんでしたね」
彼女はふと思い出したかのように彼を振り返った。
礼は先ほど述べたのだが、一応命の恩人なのでそれ相応の何かを返すのが道理なのだろう。
と言ってもあげれるものなど何もないのだが。
「あぁ、別に気にしなくていいよ。欲しい物なんてないし」
「そうですか、では私の歌を差し上げましょう」
「相変わらず人の話を聞かないね」
「それはあなたもでしょう」
売り言葉に買い言葉、そんなやり取りをしているとふと彼が笑った。
「じゃぁお願いしようかな」
アーデンは近くの岩に腰を掛けると、彼女に視線を向ける。
「ではあなたの正式名称を教えてください」
「あれ、オレのこと知ってるんじゃないの?」
「世間に疎いものでして、王子であるあなたの名前はよく呼ばれているものしか知りません」
「ふーん、まぁいいけど」
アーデン・ルシス・チェラム
彼はそう名乗った。
正式名を名乗る意味を聞いてきたが、これは代々伝えられてきた儀式のようなものだ。
誰かに歌を捧げる時は正式名を述べる。そう教えられていた。
「では、アーデン・ルシス・チェラム。あなたに祝福の歌を捧げます」
そう言って一呼吸置くと、彼女は静かに歌い始めた。
彼女の歌にはどんな意味が込められているのか。
異国の言葉で奏でるその歌の内容は理解できないが、不思議と病に侵された身体が癒されるような感覚に陥った。
静かに流れる滝の音と共に、心地よい彼女の声が響き渡る。
暫く2人の間で、穏やかな時間が流れていった。