第1章 前編
「…何で、オレを庇ったの?」
さっき冗談だって言ったよね?
再び沈黙が流れたが、今度はアーデンから会話を切り出してきた。
ユーリは痛む頬をさすると、先ほど思っていたことを伝えた。
「例え痛みを感じないとしても、傷つけていい理由にならないと思ったからです」
静かに伝えられた言葉に、目の前の男は黙り込んだ。
先ほど痛みは感じないと言ったが、あれは嘘だ。
本当は生身の人間が感じるのと同じ感覚に襲われる。
そのことが、不死身なことだけあって煩わしくて仕方なかった。
当然、アーデンの秘密を知ってるのは彼女だけなので、普通の人なら帝国の宰相を何も考えずに守ろうとするのだろう。
2000年前に己が受けた仕打ち。
死なないと分かって受けた暴力の数々。
あの時の拷問は今でも鮮明に思い出せる。
だけど、彼女は今何と言った?
アーデンの素性を知っていて尚、初めて伝えられた言葉に、彼は唖然と固まった。
先ほど渦巻いていた怒りに近い感情から戸惑いの感情へと移り変わる。
いや、そもそも何故一瞬だけでも怒りの感情に支配されたのか自分自身でも分からないでいた。
「悶々と考えてるところ申し訳ないのですが、いい加減帰りませんか?お腹すきました」
不意に聞こえてきた彼女の言葉に、アーデンは我に返る。
目の前には不満そうな表情のユーリ。
そしてアーデンの言葉を待たずにさっさと助手席へと移動したので、アーデンも仕方なく移動する。
「そういえば、味覚は感じるのですか?」
先ほど険悪な雰囲気になったにも関わらず、彼女は堂々と質問してくる。
恐らく、彼女には怖いものがないのかもしれない。
清々しいくらいの彼女の態度に、アーデンは漸く張り詰めていた気を抜いた。
「味覚は感じない。だから食事なんて付き合いでもない限りしないよ」
「…なるほど、一体前世でどれだけの悪行を働いたんですか」
「ははっ、生憎オレは善良な王子だったよ」
アーデンの言葉に即座に嫌味でも降ってくるだろうと思っていたが、彼女から言葉が発せられることはなかった。
思わず視線だけを向ければ、何ともいえない表情の彼女がいた。