第1章 前編
車内の中では重い沈黙が流れていた。
アーデンは無言でユーリの手当てをしている。
あの後、アーデンはユーリを掴まえると、そのまま近くに止めてあった車に放り投げるように押し込んだ。
一瞬の出来事でユーリは唖然としていたが、小さな爆発音が聞こえたかと思うと、アーデンが車に乗り込み移動し始めた。
そして少し離れた場所まで移動すると、ユーリがいる後部座席へと乗りこみ、今に至る。
何か話すべきかと迷っていたが、アーデンから流れてくる不穏な空気に言葉が見つからない。
よく分からないが、彼は怒っているのだろうか。
最後に冗談だと言っていたから、彼は痛みは感じないかもしれない。
だけど例えそうだとしても、彼を傷つけていい理由にはならないと思ったのだ。
先ほどの敵の存在は彼も気づいていたかもしれない。
わざわざ私が庇う必要はなかったかもしれないが、彼が死なないのをいいことに、黙って見過ごすのは出来なかった。
「……はぁ」
ユーリはこの重い空気に耐え切れなくなり、ついにため息を吐きだした。
すると目の前の男の眉が僅かに跳ね上がる。
「……よく分からないのですが、怒ってるんですか?言いたいことがあるなら言ってください」
手当てが終わったのを見計らい、ユーリは重い口を開く。
ガッ
すると、突然片手で両頬を掴まれる。
遠慮のない力で顎を捕らえられ、ユーリは眉を潜めてアーデンを睨みつける。
「……正直、オレ自身だってよく分からない」
「…はぁ」
「ユーリを振り回して楽しんでるつもりが、気が付けばこっちが振り回されてることだってあるし」
「自覚してたんですか」
捕まれている頬は痛いが、ユーリは平然と会話を続ける。
視線を逸らすことなく、アーデンを真っすぐ見つめる。
そしてその視線に耐え切れなくなったのか、彼はゆっくりと手を離した。