第1章 前編
帝国の宰相と付き合い始めて、一ヶ月が経った。
その間別れる気配もなければ、別れを切り出せるタイミングもなかった。
恐ろしいことだが、順調に交際が進んでいる。
他国の視察と称して、もう何度もデートのようなものをしている。
帝都にいる時はそれなりに忙しく過ごしているが、何かと時間を見つけてはユーリにちょっかいを出してくる。
最近それに慣れつつある自分自身に、ため息を吐きたかった。
アーデンのことは嫌いじゃないが、恋愛の対象かと問われれば答えはノーだ。
それは恐らく向こうも同じだろう。
一体いつまでこの恋人ごっこは続くのだろうか。
「じゃ、護衛頼むね」
そう爽やかに言ってのけたアーデン。
今日は珍しく、野外での視察らしい。
確かにこのあたりのモンスターは物騒だし、帝国の宰相様を護衛するのは兵士の役割だろう。
私だって弱くはないし、彼の提案に依存はない。
更に言うなら、恋人に守って欲しいなどというお花畑な思考回路は持ち合わせていない。
だがしかし、嫌味の1つも言いたくなるものだ。
「…はぁ。私の恋人は弱き乙女を盾にするような男だったとは。そんな男に捕まったと両親に知れれば、なんと詫びればいいのでしょう」
「嫌ならオレが勝手にするけど」
「まさか」
口からすぐ出てくる嫌味に、何とも可愛げがないのは十分分かっている。
しかしそれは最早今更だろう。
さて、嫌味も言えたことだし、護衛の1つや2つやってやろうじゃないか。
ユーリは何時でも腰の剣を抜けるよう体制を整えると、アーデンより先に進んでいった。
「……ほんと、頼もしいことで」
そんなユーリにアーデンは声を殺して笑うと、彼女の後について行った。