第1章 前編
「ではお嬢様、お手を」
しかし、帰ってきた言葉は予想していたものと違った。
そう言って鮮やかに一礼をして手を差し伸べてくるアーデン。
その姿が余りにも様になっていたので思わず素直に従ってしまった。
手を取られ腰に手を回されたかと思うと、そのまま店を後にする。
「…またのお越しをお待ちしております」
そんな二人の様子に一瞬呆けた表情をしていた定員だったが、慌てて頭を下げて2人を見送る。
静かに去っていく二人を見ながら、正直彼女が羨ましいと思った。
アーデンの存在はオルティシエでも有名だった。
噂では隠れファンクラブがあるとか。
そのくらい人気がある彼が偶に連れてくる女性達。
今まで羨ましいと一度も思ったことはなかった。
それは、彼が本気ではないとなんなく分かっていたからだ。
決まって同じ女性をここに連れてくることのない彼。
それが何故か、今日来た彼女はもしかしたらまたここに来るのではと、漠然とした不安に駆られる。
誰の物でもない彼だからそこ魅力があり、惹かれるのだ。
ここの定員達は、その惹かれている人々の1人だった。
ユーリを見たあの時、一瞬だけ見せた彼の表情。
それがどれだけ特別なものなのか分かるのは、長い付き合いがあるからだ。
…正直、勝てる気がしなかった。