第1章 前編
アーデンの補佐となってそれなりに日数が経った。
その間何か変わったかといえば、特に何もない。
売り言葉に買い言葉でよく言い合っているが、比較的平和な毎日だ。
アーデンは意外にも忙しいようで、帝都を不在にしている時もあれば、色々な事務や研究等をこなしていた。
研究の内容についてはあえて追求しないが、そんな中で私がやることは比較的簡単な事務仕事だ。
本当に大した仕事ではないので、一歩間違えたらリストラ予備軍だ。
そのことをアーデンに話せば、恋人としてオレを癒すという重要な仕事があると真面目に言ってきたので、取り合えずスルーした。
すると何を思ったのか数日後、二人で出かけることになった。
行き先はオルティシエのようでユーリは手を引かれるまま、不審な表情を崩さず着いて行った。
腹が立つくらいセンスのいい車に乗せられ、これまた運転の腕も良いときたものだから、ユーリは軽口の1つも叩けず大人しく乗るしかなかった。
いや、別に言い合いたいわけではないのだが。
「ユーリはさ、行きたい場所とかないの?」
流れる景色をぼんやりと見ていると、不意に声を掛けられた。
どうやらこれは彼曰く、デートらしい。
「ないですね」
「即答だね。欲とかないわけ?」
アーデンが視線を少しだけ向けると、特に考える素振りもなく、彼女は再びないとだけ答えた。
「…アーデンこそ」
そんなユーリにアーデンが苦笑していると、今度はユーリが問いかけてきた。
「…そうだねぇ、オレは」
普通だったらユーリをからかう言葉の1つや2つ言っているところだが、何となくその言葉は出てこなかった。
珍しく考え込んでいるアーデンを、不思議そうに見ているユーリ。
どうせろくでもない返事が即答で帰ってくると思っていただけに、彼の反応は予想外だった。