第1章 前編
先ほどの姿を見せたのは、彼女が初めてだった。
何故そうしようと思ったのか。
理由は正直自分自身でもよく分からない。しいて言うならただの気まぐれだろうか。
「……さて、私はどこから突っ込めばいいのでしょうか」
交わる視線を逸らすことなく、真っすぐと伝えられた言葉。
その言葉に、今度は僅かにアーデンが驚いた。
別に彼女に何かを求めていたわけではないが、なるほど、確かに言われてみれば何か意図があってこんなことをしたと思うのが普通だろう。
さて、どうしたものか。
てか、オレの本来の目的、なんだっけ?
「不気味なんで無言で笑うのは止めてもらえませんか?」
突然静かに笑い出した男に、ユーリは眉をひそめる。
正直、言いたいこと、伝えたいことがあるならさっさとして欲しかった。
でないと、いくら強靭な精神力を持っている私でも、この不可解な空気に耐えられない。
「はぁ、随分な言われようだ。昨日の告白は嘘だったのか」
「嘘じゃなきゃ、殺そうとしたりしないですよね?」
「あぁ、確かに」
また男の笑いのツボを付いたのか、肩を震わせて笑っている彼。
いい加減話を先に進めて欲しかった。
「特に突っ込まなくていいなら私は帰っていいですか?」
「それはだめ」
「じゃぁ早く帰りたいのでさっさとしてください」
ユーリは男の手を振り払い、睨みつける。
もうここまで状況がカオスだと、死亡フラグとか、生きてここから逃れる方法とか、彼が不死身な理由とか、どうでもよかった。
「帰れると思ってるの?」
「残業はしない主義なので」
「まだ始まってもないよね?そもそも亡命するんじゃなかったの?」
時間帯は早朝。確かに男の言う事は最もだ。
だが残念なことに私が聞きたいことはそれじゃない。
「何で私のほうに突っ込むんですか。あなたのほうが突っ込むべき事項が多くありますよね」
「へぇ、例えば?」
「…はぁ」
本当にこの男と一緒にいると疲れる。
知っていて何故言わせようとするのか。
会話が疲れるものだと思ったのは人生で初めてかもしれない。