第1章 前編
ユーリが剣を振り下ろした瞬間、舞い上がった血。
その色は、どす黒く、とても人のものとは思えなかった。
「…え…な…んで?」
ユーリは静かに倒れ込んだ彼に、驚き目を見開いた。
ユーリが剣を振り下ろしても彼は一切動かなかった。
その結果、その刃は彼の喉元を綺麗に貫いた。
湧き上がった大量の血。
いや…これは…血…なのか?
どす黒い液体が彼女の頬を掠める。
ユーリは思わず一歩後ずさった。
彼女の手から滑り落ちた剣が、静かに音を鳴らす。
てっきり返り討ちにあうと思っていた。
僅かに与えられた希望に飛びつき、その後裏切られ絶望の表情を浮かべる私が見たいのだと、そう思ったのだ。
「……やっぱり、あなたは…シガイだったの?」
気が付けば無意識にそう呟いていた。
確信は何もなかったので、これは最早ただの勘だ。
どういった事情かは分からないが、彼はシガイとなりその研究をしていたのか?
それは己を治すため?それとももっと別の何か…
「残念、半分外れ」
ユーリが驚愕の表情を浮かべていると、更に信じられないことが起きた。
ゆっくりと起き上がった彼。
確かに急所を貫かれ、絶命したはずなのに、彼は生きていた。
黒い瞳、流れる液体。そして周りを漂う粒子。
それを見た瞬間、彼女はそのまま意識を失おうとした。
だがそれは、スレスレのところで思いとどまった。
何となく、最後まで見届ける必要がある、そう思ったのだ。
「へぇ、本当に強いね。君」
口元に歪んだ笑みを浮かべた彼は、何時もの姿に戻っていた。
この姿を見ても、その立ち姿を変えない彼女には本当に関心する。
「……」
「あれ、お礼言わないんだ?」
おどけたように手を振った彼は、そのままユーリへと近づく。
彼女は、その場から動かなかった。
「そんな表情もできるんだ」
アーデンは無遠慮にユーリの顎を掴むと、その顔を覗き込んだ。
長身の彼が屈みこめば、ユーリの存在は陰に覆われる。
そんな中、彼女はただじっと、彼を見つめ続けた。
彼女の瞳には、驚きと恐怖……そして微かな光が宿っていた。