第9章 其の九
程なくして目を覚ました桜華は、長谷部との情事を思い出し顔を赤くする。
隣に彼がいなかったのは淋しいような気もしたが、救いだと思った。
仕事と言えどもイケナイ事をしているようで後悔の念に苛まれつつも、今しがた目覚める直前にみた夢を思い出しハッと顔を上げる。
それと同時に窓から舞い降りてきた式札を拾い上げた。これは鍛刀を任せていた式札だ。
桜華は、衣服を整えるとすぐさま近侍の加州を探しに回る。
部屋にはいなかった為、厨を覗いてみたがそこでは歌仙と燭台切が夕餉の準備の真っ最中で、おいしそうな香りが漂っていた。
「おや、主、目が覚めたのかい?」
みそ汁の味見をしながら燭台切が声を掛けてきたので頷いてみたが、何故自分が寝ていたことを知っているのかと疑問が過る。
「さっき主の部屋に行ったら長谷部君が寝てるって言ったんだよ」
声に出していないのに燭台切が疑問に答えた。
思わず顔を赤くしてしまった桜華をみてクスクスと笑う燭台切に頬を膨らませて反抗をみせる。
「ところで、何か御用かな?」
隣にいた歌仙に言われて加州を探していたことを思いだした桜華。厨を出て、今度は稽古場へ向かった。
稽古場では、汗を拭きながら談笑している長谷部と蜻蛉切。
すぐさま桜華の事に気が付いた長谷部が彼女の元へ駆け寄る。
「主、どうしました?こんな所へ…」
普段、稽古場は危険だからとあまり近寄らないように言われていた桜華が突然現れたものだから長谷部は驚きを隠せない。
近づいてきた長谷部に思わず顔を赤くしてしまった桜華を見て、長谷部もまた顔を赤くした。
「加州様を探していて」
「御用でしたら、この長谷部がお聞きいたしますよ」
確かに顕現の付き添いを頼みたいだけで長谷部でも事足りるのだが、顕現の付き添いは近侍の務めであった。そう言ったところは律儀な桜華である。
「加州殿なら裏庭の方へ歩いていくのを見ました」
「ありがとうございます、蜻蛉切様」
加州の事を教えてくれた蜻蛉切に礼を言った桜華は急いで裏庭へと向かう。裏庭では、短刀たちが桜華のためにと花などの植物を育てていてちょっとした庭園になっていた。