第9章 其の九
窓の外はいつの間にか日が傾きかけていた。
規則的な呼吸で眠る桜華に薄掛けを施した長谷部は、自分の衣服を整え始める。
「主?いるかい?」
襖の外から聞こえてきたのは燭台切の声だ。
眠る桜華の代わりに長谷部がその襖を開ける。
「あれ?長谷部君」
やや寝乱れた髪を晒す長谷部に驚いた様子をみせながらニコリとほほ笑む燭台切は桜華に用事があることを彼に告げた。
「いま、主はお休みになられている。後にして……」
「そうみたいだね」
長谷部の言葉を遮るように燭台切が答える。微笑んではいるが見透かされているようで長谷部は小さくため息をついた。
そのまま厨に向かう最中、色々と彼に問われたのは言うまでもない。
それにしても桜華の霊力は相当強い様だ。
今までにないほどに力が漲っているのが手に取るようにわかる。以前口づけを交わした時とは比べ物にならないほどに身体が軽い。
夕餉の下準備を手伝った後、長谷部は稽古場へと向かった。
木刀を握り素振りを始める。真剣ではないため重さはないが何もしないよりは良いと精神を統一させた。
「ご迷惑でなければ、自分がお相手いたしましょうか、長谷部殿」
そう声を掛けてきたのは蜻蛉切だった。
現在、唯一の槍である。天下三名槍の一本だ。
「今日の近侍は、加州殿であったか?」
「そうだ」
木刀の当たる音を響かせながら会話をする。集中を途絶えさせれば互いに一突きだろうがそんな風は微塵も感じさせない。
そして、長谷場はとりわけ調子が良さそうである。
「長谷部殿は、今日は主の元へ行かれないのですか?」
蜻蛉切の問いかけに一瞬の隙ができたのは言うまでもない。
赤面させた長谷部の顔を見て蜻蛉切は持っていた木刀を下げた。
身体からにじみ出る桜華の霊力に蜻蛉切もまた気づいたのであろう。
「長谷部殿でも動揺なさるのですね」
続いて長谷部も構えていた木刀を下ろすと苦笑いを浮かべた。
「俺も、まだまだだな……」