第1章 俺の帰り道。
「?」
「そうやって本で読んで…って、私、何か変なこと言ったかしら。」
完全に思考が停止してぽかんとする瀬呂の目の前で、少女は手をぶんぶんと振る。
「…い、いやいやいや…」
「?」
聞き間違いかもしれない。
そんな希望を託し、瀬呂は声を上げる。
「ごめん、聞こえなかった。だからなんて」
「“マタがカユい”!!…よ。」
彼女が思いのほか大きい声で叫んだせいで、瀬呂は再び思考停止タイムに入る。
瀬呂の中にかろうじて残っていた彼女の“美人”の肩書きが、ぼろぼろと全部崩れていくのを感じる。
いや、なんて?
いや、なんで?
いや、分かっているんだが。
そんなことよりも、瀬呂が思っているのは、
その意味、分かってんのか?
分かってるんだとしたら、
「女の子がそんなこと言うんじゃありません!」
だ。
母親のように、瀬呂は叱った。
女の子がなんていうことをいうのだ。
というかその本なんなんだ。
どんな本だ。
と。
瀬呂が眉を釣り上げて叱りつけている間、彼女は大きな目をパチクリと開けてじっと瀬呂を見ている。
「わ…わるい…。いきなり叱ったりして、」
よく気の回る男、瀬呂はハッと気がつきすぐさま謝った。だって今日あったばかりの名も知らないような人間に、いきなり叱りつけるなんて。
「いえ…いいのよ…」
しかし少女は目を伏せて、何故だか嬉しそうに頬を緩ませていた。