第3章 漆黒色の砂は、毒と嘯く※
クロコダイルが私に用意したのは、漆黒色のロングドレス。
装飾など一切ないホルダーネックのデザインで、触れなくとも上質な素材であることが分かる光沢を僅かに放っていた。
背中はぱっくりと腰の下ギリギリまで大きく開いている。
髪は一つに結い上げ高いところでまとめただけ、アクセサリなどの装飾品は一切つけていない。
キャットアイに引かれたアイライナーと真っ赤な口紅を纏い、唇と同じ色のピンヒールで歩く姿は、さながらマフィアの女だろう。
「誰もお前とは気づいてねェようだな」
「会ったことがない限り私であると分からないだろう。お前の部下はいい腕をしている」
お前の見立てもな、と付け加えると、クロコダイルは笑みを浮かべる。
「世界一の舞台女優のお墨付きなら自信が持てそうだ」
「謙遜するな、私は元々お前のセンスの良さは買っている」
「そいつは嬉しいことを聞いた」
クロコダイルは服装やインテリアといったものの美的センスが抜群に良い。
今夜も仕立ての良いヘンリボーンのスーツを着こなしていて、会場の女たちがうっとりとした熱視線を送っている。
この男は間違いなく悪党でアウトローだが、上品で華があり、それだけで組織の頂点に立つ者としての素養を持ち合わせていた。
裏社会のパーティとやらは見る限り盛況で、私はクロコダイルの商談に付添いながら、周囲の会話を立ち聞きした。
暴動が起きそうな地域、ルーキーたちの行方、今日の海軍の在り方の是非。
もちろん全ての情報が正しいとは限らないが、こうした世界に流布する世論は、現在の世相を色濃く体現するものだ。
また、私はかなり目立つようで、人を集めるのに一役買っているようだった。
しばらくクロコダイルが話し込んでいたので、会場の隅にあるカウンターで新しいシャンパンを頼んでいると、声をかけられた。
「楽しんでおられますか?」
比較的若く整った外見をした、人が良さそうに見える紳士だった。
私は軽く会釈を返す。
「ええ、おかげさまで」
「あなたのような美しい人を見たことがありません、少しお話を」
そう言ってカウンターからシャンパンを受け取ると、私に渡した。
受け取ったそれを口にした瞬間、くらりと眩暈に襲われる。
しまったと思った時には、足元がふらつきバランスを崩していた。