第6章 爪痕よりも深く※※
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「頼んでた書類できたかしら、スモーカーくん」
日が昇りすっかり朝を向かえた頃、ちょうど昨日の書類を整理しようとしているところに、ヒナがやってきた。
「今日はオフなんだが…」
「知ってるわ。あなたにしては早起きじゃない」
オフだろうが何だろうがヒナが引かないことを知っている俺は、諦めて頼まれた書類を仕上げにかかる。
ヒナはじっと俺の方を見ていたかと思うと、テーブルに置き去りにされた二つのグラスにちらりと目をやった。
「あなた、昨日の夜子猫でも拾ったの?」
珍しいわね、と女を連れ込んだことを示唆される。
「グラスの数だけでそう思うのか?」
「違うわ、ここ」
ヒナは、自分の腕を指さしている。
言われるままに見た俺の腕には、鬱血したひっかき傷のような爪痕がいくつも残っていた。
昨晩、xxxxがしがみついてできた痕だと理解すると、切ない声で俺を呼ぶxxxxがフラッシュバックする。
何も言えないでいる俺の様子がおかしかったのか、ヒナが神妙な面持ちで言う。
「スモーカーくん、あなたまさか…」
ヒナには酒の席で、酔って何度かあいつの話をしていた。
ヒナの口調が少し強くなった。
「言ったわよね、あの子は海賊よ。近づかれても利用されるだけ…深入りは」
「同期だからと言って、プライベートまで詮索される筋合いはねェ」
「でも…」
ヒナが心配しているのは、海賊に情が移って任務に支障をもたらすといったことだろう。
そんな事態になることなど、俺自身が許さねェ。
「海賊は、どこまでいっても海賊だ」
「それがよくわかってるのなら…いいわ」
書類を受け取ると、ヒナはまだ不満そうな顔をしたまま部屋を出た。
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xxxxは今でこそ海賊であるものの、選択肢一つの違いで海軍にいたかもしれない未来があった。
その事実が、一層後ろ髪をひかせるのだ。
俺がしてやれることは、眠らせてやることだけだろうか。
違う。
あいつを海軍に引き入れることができれば、あるいは…。
爪痕は明日にも見えなくなるだろう。
深く刻まれた昨夜の記憶は、きっと消えてくれない。
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extra..
「お休みのところ失礼します!スモーカーさんが子猫を拾ったってヒナさんが!見せてください!」
天然すぎる部下も考えものだが、あの女…覚えてろよ…。