第3章 春の歌
木製のレンゲでお茶漬けを掬い口に運ぶ翔。
「美味しい…」
「だろ?俺、特製の鮭茶漬け
ちゃんと出汁を取って作ってるんだから、袋に入ってる茶漬けと一緒にするなよ?」
「いえ、一緒になんてしてません。
俺、袋に入ってるお茶漬け自体食べたことないんで、味知らないし…」
「あ、そうなんだ…」
やっぱりお坊っちゃん?
一度くらい食べたことあってもよくね?
黙々と食べ進める翔…お気に召して貰えたようだ。
「ご馳走さまでした」
「お粗末さま」
「智って料理得意なんですか?」
「得意って程じゃないよ。
でもどうせ食うなら、旨いもんは食いたいからさ
出汁とかはちゃんと取るな」
「出汁?」
「そ、出汁…
今朝の味噌汁は鰹節が無かったから、粉末タイプの物使ったけど
鰹節や昆布から取ると、風味が全然違うよな」
「へぇ~」
「翔は全くやったことないんだろ?
今ってさ、学校で習わないの?」
「学校では習います。
家庭科の時間はあるんで…
ただ包丁を持つなって言われてて…」
「誰に?」
「…親に…」
俯いてしまった翔…
あまり触れてほしくない話題なのか…
「どうする?
これからひとりで生きていくなら、さっきも言ったけど料理は覚えた方がいいと思う…
でも何か理由があって包丁を握らないのなら、無理強いはしない」
翔は顔を上げると、少し悲しそうな瞳をしていた。
「いいえ、教えてください…
俺にはもう必要のない理由ですから…」
何か理由があったのか…
手を傷めちゃいけない理由が…
あのピアノの演奏を聴いてから、何となくわかってはいるけどな。