第3章 春の歌
「いただきます」
智が手のひらを合わせ、頭をさげた。
「大人なのに、随分丁寧に挨拶するんですね」
「大人も子供も関係ねぇよ。
それぞれの命を頂くんだぞ?感謝するのは当たり前だろ?
まあ、今日のメニューだと、あまりの生命感はないけど
それでも食材を作ってくれた人たちには感謝しないとな?」
智といると初めてのことだらけ。
食事を食べるときに、料理してくれた人に感謝はしても
その先の生産者まで気にしたことなかった。
智にならって手のひらを合わせ頭をさげた。
「いただきます」
智の作ってくれた味噌汁を一口啜った。
久しぶりに口にする家庭の味。
体中に染み渡る感じ…
なんでだろう…家で食べていたときよりも、ホッとする味だな。
手にした味噌汁を見続けた。
「翔?どうした?」
智の声が聞こえ顔をあげると、心配そうな顔で俺を見ていた。
「え?なにか?」
智は眉毛を下げ、悲しそうに微笑んだ。
「お前…自分でわかってないのか…」
智の手が伸びてきて、俺の頬を指で拭った。
…涙?
俺が泣いてる?人前で泣くことなんてしたことなかった俺が?
味噌汁を置き、手で頬に触れた。
「あれ?なんでだろ…」
手についた滴を見つめ、そう呟いた俺を温かな何かがそっと包んだ。
向かい側に座っていたはずの智が、俺のことを抱きしめていた。
「翔…お前、俺のところに来ないか?
お前みたいの、ひとりきりにしておけねぇよ…」
そう言う智の声が苦しそうに聞こえた。
「智のところ?」
「そう…毎朝旨いメシ食わせてやるから…
だから、そんな風に声もあげずに泣くようなことするな」