第3章 春の歌
「さ、帰るぞ」
智がレジを済ませると両手に荷物を持っていた。
「ひとつ持ちます」
「おぅ、ワリィな」
「いいえ、当たり前のことですから」
普通はそう…荷物を2つ持っている人がいれば、ひとつ受け取って持つ。
でも今までの俺は、そんな当たり前のことさえしてこなかった…
いや、させて貰えなかった。
料理だってそうだ…
万が一にでも、手や指に怪我をするようなことは絶対させて貰えなかった。
学校の体育の授業さえ…
それなのに…
なんだったんだろうな、今までの時間は…
やりたいことを全部我慢して、あの人たちの言う通りに生活してきた…
その結果がこれだ。
自由奔放に育ってきた弟の修…
あいつが小さい頃は『この子は才能がないのね』なんて呆れたように言っていた母。
それが、中学生になってピアノの腕がメキメキと上達し
感情豊かな演奏をするようになった修を、手のひらを反すように褒め始めた。
『やっぱりあなたは出来ると思ってた』
あまりの豹変の仕方に吃驚して見てたけど
当の修は褒めらて嬉しそうにしていた。
それに比べ俺は…結果は出せず、世間の評価は『機械が奏でる完璧なメロディー』
そりゃそうだよ…俺があの人たちから教わったのは、ピアノの技術だけなんだから…
しかも、その完璧と言われた技術さえ、母は一度も褒めてはくれなかった。
ピアノの始めた幼い頃、『翔はピアノの才能があるのね、さすが私の息子だわ』なんて言われたけど
よくよく考えてみると、自分自身を褒めてるんだよな…
あの人にとって俺は、自分の才能が評価される為の道具に過ぎないんだ。