第11章 家路
「なんで?俺言ったよね?
『ちょっと実家に行ってくる』って」
「あの時はそう言ったけど、今とあの時じゃ状況が違うだろ?」
「違わないよ?
俺は最初からコンクールに出て、優勝したらここに戻ってこようと思ってたんだもん」
「最初から?」
「そう…最初から。
優勝して、母さんと一緒に喜んだら、ここに帰って来ようって」
「でも…そんなこと許されるのか?」
世界でもやっていけるようなピアニストが、あんな小さな店で演奏するなんて。
「母さんはわかってくれたよ?」
「何を?」
「俺の今の夢は、智の傍でピアノを弾き続けることだって言ったら『あなたの夢、叶えなさい』って」
「お袋さんが?そんなこと認めてくれたのか?」
「『そんなこと』じゃないよ!
俺にしたら、とても大切な夢だよ!」
「でも、プロだぞ?松岡さんが世界で活躍出来るって言ってた…
誰にでも出来ることじゃない。
限られた人間だけが出来ることなんだぞ?
ほんとに良いのか?俺の傍にいたいなんて理由だけでそんな簡単に決めて」
「いいんだよ!…それに簡単に決めてないよ?
俺、さっき言ったじゃん!智のところに帰ってくるために今回のコンクールに優勝したの!
世界に行くためじゃないんだよ!
智は俺が戻ってきて嬉しくないの⁉」
翔の目に涙が浮かんできた。
「イヤ!すっげぇ嬉しい…
嬉しいんだけど、今日のお前の演奏が鳥肌もんで凄かったから…」
「ほんとに?そんなに良かった?」
「うん…凄くよかった。
今までで最高の演奏だったよ」
「やったぁ!」
そう言うと、翔の顔にこれでもかっていうくらいの嬉しそうな笑顔。