第10章 別れの曲
松岡さんにオーダーされたカクテルを提供すると、一口口に含み『旨いっ』と呟いた。
「ありがとうございます」
「あなたのカクテルのファンなのに、ここに来ることを翔に止められてて」
「翔に?」
「えぇ…『俺が我慢してるのに松岡さんが会いに行くなんて狡い』って。
あいつがそんなこと言うなんて、今までなかった…
何でも我慢して、いつでも優等生で…
あいつに我が儘を教えたのは、あなたなんでしょうね」
「すみません…」
「いや、謝って欲しい訳じゃないんです。
寧ろお礼を言いたいと思って、今日は来ました」
松岡さんが微笑みを浮かべる。
「お礼?」
「はい。あなたのお陰で翔のピアノは見事に覚醒した」
「覚醒?そんな大袈裟な…」
「いいえ…大袈裟なんかじゃありません。
明日、翔はピアノのコンクールに出場します。
是非、観に来ていただけませんか?
ここにいた頃とは、格段に違う翔の演奏をお聴かせ出きると思います」
松岡さんは上着の内ポケットから封筒を出し、テーブルに置いた。
「明日のチケットです。
明日の演奏を聴いて、私の言うことを納得していただいた場合は…」
松岡さんが言葉を切り、俺の目をじっと見つめた。
俺はその真剣な表情に、思わず息を飲んだ。
「…翔を貴方の元から、旅立たせてやって貰えませんか?」