第10章 別れの曲
母さんを連れて店内に戻り、空いてるカウンター席に座らせた。
「ここで聴いててくれる?」
「ええ…」
「じゃあ、行ってくるね」
母さんにそう告げ、カウンターに立つ智に問いかける。
「リクエストは?」
「月の光」
「だよね…」
笑顔で答えピアノに向かった。
椅子に座わり大きく息を吸い込む。
鍵盤に指を置き『ふ~』っと息を吐くと、ゆっくりと演奏を始めた。
ここに来てから…智と出逢ってから…俺は幸せがどういうものなのか知った。
『愛』がどういうものなのか知った。
でも、それ以前から『愛』を与えられていたという事実を、今日、窶れた母さんの姿を見て…俺に向けられた優しい微笑みを見て…やっと受け入れることが出来た。
ごめん、母さん…
俺が逃げ出したことで、どんなに母さんが心を痛めたのか、今ならわかる。
だからね、せめてもの償いをさせて…
この1年ちょっとの間苦しめたお詫びに、少しだけ親孝行しようと思う。
今しか出来ないことだと思うから…
演奏を終え母さんの元に戻ると、また涙を流している母さんがいた。
「素敵な演奏だったわ…」
母さんの笑顔が俺に向けられた。
「ありがと、母さん…」
そして智の顔を見た。
「智…俺、ちょっと実家に行ってくる…」
「ああ…」
智の顔にも笑顔が浮かぶ。
ありがとう、智…俺は智に出逢えたから、欲しかったモノを手に入れることが出来たんだよ。
想いを乗せた演奏と、親からの愛情。
そして何よりも…
『愛すること』『愛されること』を教えてくれた…世界で一番大切なあなた。