第10章 別れの曲
「翔、事務室使っていいから」
ニノさんが俺の肩に手を乗せた。
仕事から離れたくは無かったけど、泣いてる母さんをこのままフロアーに居させる訳にはいかないし…
「すみません…」
「こっちは大丈夫だから、ゆっくり話しておいで」
「ありがとうございます。母さん、こっち…」
ニノさんにお礼を言うと、母さんの肩を抱くように歩き出す。
智の方をチラッと見ると微笑みを浮かべ頷いてくれた。
事務室の椅子に母さんを座らせ、テーブルを挟んだ向かい側座った。
「ごめんなさいね…」
母さんが俺のことを見つめながら、再び謝罪を述べた。
俺は首を横に振った…
今、目の前にいる母さんの姿を見たら、松岡さんの言っていた事が本当の事だとわかるから。
「少し痩せたね…ごめん、俺のせいだね」
『少し』どころじゃない…一年前の母さんとは別人のよう。
以前感じられた精彩さは一切消え、痩せたと言うよりも疲れきって窶れた姿…
「いいえ、あなたの苦しみに比べたらどうってことない…」
目を真っ赤にし、母さんは優しく微笑んだ。
「あなたは少しふっくらした?顔色もいいし…」
「うん。皆に良くして貰ってるから」
「そう…幸せに暮らしてたのね…」
「…うん」
ここに来てからの日々を思い出し、笑顔が溢れる。
「私もそんな表情をあなたにさせてあげられていたら…そうしたら、あなたは好きなピアノを、もっと好きになれていたでしょうに…」
「母さん…俺、今でもピアノ弾いてるよ?
今、ピアノを演奏するのが楽しくて仕方がないんだ」
「翔…」
「俺の今の演奏聴いてってよ…
そしたら俺が今、どれだけピアノが好きか、わかって貰えると思う」