第8章 カノン
「翔の気持ち?」
「うん…昨日買ったベッドに、いつか智の恋人が寝るでしょ?俺のモノって訳ではないけど、なんか嫌だなって思っちゃった…だからね、俺が出ていった後、カバーは買い替えて欲しいな…」
こんな我が儘なお願いを、智はどういう気持ちで聞いているんだろう…
怖くて智の方を見ることが出来ない。
不意に智が立ち止まった…
やっぱり図々しい?
こんなお願いするなんて…
ひとりで歩き続ける訳にもいかず
歩みを止めた…
でも、振り返ることは出来ずに俯いてしまった。
後ろから智が近付いてくる気配がする。
すぐ隣に智が立つと頭に手が乗り、抱え込むように引き寄せられた。
「安心しろ…翔の使っていたモノは誰にも使わせねぇよ。
お前が嫌だって言うなら、ベッドだって買い替えてやる」
智の優しい声が耳のすぐ近くで聞こえる。
それと同時に俺の心臓が、トクトクと鳴り響きはじめた。
智に聞こえるんじゃないかと心配になったけれど
今はそれよりも、智の温もりと優しさを感じていたい。
「…ありがと…智…」
智が本当にそうしてくれるかなんてわからない…
でも俺の我が儘を受け止めてくれた。
そんなことでさえ嬉しくて…
「ほんと泣き虫だな、お前は…」
智が俺の顔を覗きこむ。
迷惑ばかり掛けてるのに、智の顔は何故か嬉しそうに微笑んでいた。
俺、智にならどんな我が儘を言ってもいいのかな?
そんなことを考えていたら、智の左手が俺の右腕を掴んだ。
そのままゆっくりと智の胸に引き寄せられる。
俺の頭は智の肩に伏せるように、智の腕によって抱え込まれた…