第8章 カノン
30分ほど演奏した翔が立ち上がると、相葉さんが拍手をした。
それに続くように、数人の客がパチパチと拍手を鳴らす。
翔は嬉しそうに微笑み、その人たちに会釈をしながら歩いてきた。
俺も翔を小さな拍手で迎える。
「お疲れ、昨日よりも良かったんじゃないか?」
そう言うと一段と嬉しそうな笑顔になった。
「ありがと」
「お疲れ翔。相葉さんがお待ちだよ」
相葉さんの前に立つニノが翔を呼んだ。
「あ、はい…」
さっきまでの笑顔が消え、少し不安そうな瞳で俺を見る。
「ちょっと行ってくるね…」
「翔っ」
歩き出そうとする翔の二の腕を、カウンター越しに掴み引き寄せた。
カウンターに手をつき、体を傾けた翔の耳に小さな声で告げる。
「困った時は呼べよ?」
そう言い、掴んでいた腕を離した。
「ありがとう…智…」
微笑みを残し、相葉さんの元へと歩いていく。
相葉さんが翔に何を話すのか心配で、ふたりの様子を伺った。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは、翔くん。
ビックリしちゃったよ、ピアノの弾けるんだ」
「えぇ、少しですけど…」
「少しなんてもんじゃないよ。スッゴク上手だった」
「ありがとうございます」
少し興奮気味に話す相葉さんに、翔はニコッと笑いお礼を言った。
「ねぇ、リクエストとかしてもいい?」
「あ…え、と…」
言い淀む翔を見て、ニノがフォローを入れた。
「すみません、相葉さん。翔はリクエスト無理なんです」
「え~?なんでぇ?俺の為に弾いて欲しいなぁ」
「ごめんなさい…」
翔が深々と頭を下げると、相葉さんは慌てて発言を撤回した。
「あっ、ううんっ、気にしないでいいよ!
駄目なら駄目で大丈夫!
翔くんが弾くピアノなら何でも聴くから、だから頭上げて?」
やっぱりいい人なんだよなぁ…