第7章 愛の挨拶
いつもより早めに店に行き
智に鍵を開けて貰い中に入ると、やはりまだニノさんは出勤していなかった。
店内の奥の電気をひとつだけつけ、ピアノの前に座ると智も椅子をひとつ持ってきて隣に座った。
購入した楽譜を開き、譜面台に置き最初の一曲演奏した。
「俺、今の曲知ってるぞ」
演奏が終わると智が嬉しそうな声をあげたから、智の方を向き微笑んだ。
「でしょ?智の知ってそうな曲選んだんだ。
童謡だし、小学校の音楽でも歌ったんじゃない?」
「ん~、小学校で歌ったかは覚えてないけど歌ったことはある。
『おじいさんの古時計』だっけか?」
「原題を直訳するとそうとも言うけど、大抵は『大きな古時計』で教わるかな」
「そうなんだ…俺、曲名とか気にしないからな。
ニノがスッゲェ弾いてる曲なのに
あの曲の名前、最近知ったし…『月の光』だっけか」
「惜しいっ、ニノさんが弾いてるのは『月の光』じゃなくて、『月光』だよ」
「え?違うの?同じ意味じゃん。
『月の光』でも良くね?」
「ははっ、細かいこと気にしないって智らしいんだけど、流石にそれは駄目だわ。
『月の光』は別にあるから」
「へぇ、そうなんだ」
「うん。『月の光』はこの曲だよ…」
もう一度ピアノに向かい『月の光』を演奏した。
「これが『月の光』なんだ…確かに違うな」
智が感心したように言った。
「全く別の曲でしょ?
作曲者も違うしね」
「俺、こっちの方が好きだな」
「なんかわかる…
『月光』は、叶わぬ想いを秘めてるから切ないけど
『月の光』は、壮大で穏やかなイメージだもんね。
智の雰囲気にあってる。」
「俺って穏やかか?」
「うん…少なくとも、俺は智の近くにいると、穏やかな気持ちになるよ」
「そうか…」
微笑みながらそう言った智は、やっぱり俺に穏やかな気持ちを与えてくれた。