【YOI】輝ける銀盤にサムライは歌う【男主&ユーリ】
第2章 汝の夜は、未だ明けぬ
会場内のコールと共に、礼之はリンクの中央へと躍り出た。
『ついにここで登場です、日本の伊原礼之!曲目はハチャトゥリアンの「剣の舞」。シニア1年目を邁進する「青い瞳のサムライ」は、果たして我々にどのような滑りを見せてくれるのか!』
動きを妨げぬよう裾は短くなっているが、ジョージア(グルジア)の民族衣装風のコスチュームに身を包んだ礼之は、一度だけ深呼吸をすると最初の姿勢を取る。
(練習通りにやれば大丈夫…今は競技にだけ集中しろ、余計な事を考えるな。今だけは…ユリの事は忘れるんだ!)
ユーリの事を想い少しだけ眉根を寄せた礼之だったが、軽快なパーカッションの前奏と、弦楽器と木琴によってアレンジメントされたメロディが始まると同時に、全身に神経を行き渡らせた。
最初のジャンプである4Sを無事に着氷させると、周囲から歓声が沸き起こる。
「よし、君はサルコウと相性がええ。この大舞台でよう決めた!」
礼之のプロを手がけた純は、リンクの礼之を見ながらホッと息を吐く。
「ちょっと表情は硬いですが、その分冷静に自分の動きを把握できているようです」
「親御さんの血か、ああ見えてあの子は理系人間ですから」
コーチにそう返しながら、純は礼之のプロを作り始めた時の事を思い出す。
一度決めたら余程の事がなければ折れない頑固さを持つ礼之だが、自分の力量以上の事まで無理に押し通そうとする真似はしない。
その一方で、自分の体力や筋力をはじめそれに応じたスケーティングなどについて、練習や試合の記録から徹底的にデータ化し、今の自分が行えるパフォーマンスや向上に必要なトレーニングなどについても、ほぼ毎日分析や実践していた。
その結果、基本失敗が許されないSPでは、4回転ジャンプを冒頭の1回のみにし、他の要素で得点を稼ぐ戦法にする旨を純やコーチと話し合って決めたのである。
「君のスケート人生は、まだまだこれからです。今は自分が出来る精一杯の事をやりなさい」
純のアドバイスもあって、最近では認定Lvが安定してきたスピンを回る礼之を、コーチは穏やかに見守っていた。