【YOI】輝ける銀盤にサムライは歌う【男主&ユーリ】
第2章 汝の夜は、未だ明けぬ
礼之とユーリのわだかまりを他所に、男子SPが始まった。
今や世界のトップに君臨する勝生勇利をはじめ、今大会で現役引退を表明しているクリストフ・ジャコメッティや、今季着々と力をつけてきたエミル・ネコラが優勝候補の筆頭に挙げられており、やや遅れて腰痛を抱えるオタベックと、最近漸く成長期が落ち着いたユーリが続いていた。
そのような中、シニア1年目の礼之は滑走順が早目で、優勝争いの仲間に加わるには及ばないものの、とにかく少しでも順位を上げる事と、勇利や南任せにするのではなく自らも日本の代表枠に貢献しなければと考えていた。
「あまり気負わないように。いつも通りにいけば、大丈夫ですよ」
『名伯楽』のあだ名を持つベテラン日本人コーチの穏やかな声に、礼之は無言で頷く。
今季のシニアデビューにあたり、服飾学校に通う双子の妹が一からデザインと縫製した衣装に身を包んだ礼之は、これまで経験してきた以上の動悸を鎮めようと右手を胸に当てるが、中々治まってくれない。
どうしようかと頭の中で逡巡していると、背後からコーチとは別の声がかかった。
「礼之くん、」
「勝生さん!どうしてこちらに?」
「頼もしくも可愛い、後輩の晴れ姿を見にね」
思わぬ大先輩の登場に、礼之だけでなく他の選手達も遠巻きに見守る。
「確かに、基本SPでのミスは許されない。だけど、それよりも大切なのはベストを尽くす事だよ」
「え?」
「他の事に気を取られ過ぎた挙げ句、例え点数は良くても自分の納得のいく演技が出来なかったら、果たしてそれはベストと言えるかな?」
ベテランとしてだけでなく、世界チャンプとしての風格を漂わせる勇利の言葉に、礼之は青い瞳を瞬かせる。
しかし、
「勇利が…あの後輩どころか先輩や同期にも塩対応全開やった勇利が、こんなまともなアドバイスをするまでになるなんて…」
「判る?コレ、全部俺の教育の賜物だからね?薫陶だよ?」
勇利の背後でわざとらしく泣き真似をする純と、コーチであるヴィクトルの声を聞いた勇利は、「人が真面目に話してるのに!」と不貞腐れた顔をした。
その表情があまりにも可愛らしく見えた礼之は、つい勇利が先輩なのも忘れて、抽選会での一件以来久しぶりに笑い声を上げた。