【YOI】輝ける銀盤にサムライは歌う【男主&ユーリ】
第2章 汝の夜は、未だ明けぬ
「君は、一体何しにここに来てるん?厳しい全日本勝ち抜いてまで来たワールドと違うんか!?」
ロビーの一角で、自分の金髪を両手でグシャリと掴みながらその場に坐り込んでしまった礼之を、振付師の藤枝純は敢えて厳しく叱責した。
会場での練習を終えた礼之達がSPの抽選会に出かけたまでは良かったものの、抽選を終えて暫くした後、突如怒りに顔を歪めた礼之が独り足早に会場を飛び出して来たのだ。
偶然その場を通りかかった純は、こんな状態の礼之をマスコミやその他人の目に晒す訳にはいかない、と彼を引き止めて事情を尋ねた。
その結果、些末な誤解とは頭では判っているものの、自分の容姿にコンプレックスを持っている礼之にとっては、相手から受けたそれが最大の侮辱にも等しい事だったのだ。
「悔しいと思うてるんやったら、スケートで返しなさい!試合の前からウジウジしとったって、何の得にもならへんのやで!」
「でも…」
「今の君に、反論は認めへん。FSが終わるまでは、スケート以外の事考えるんは一切禁止や。試合が全部終わってからにしい!話し合うんは、それからでも出来るやろ?」
「…はい」
力なく首肯した礼之は、髪の毛を掴んだままの手を更にきつく握り込もうとする。
それを見た純は慌てて止めると、幾分か口調を和らげながら諭した。
「やめなさい!綺麗な髪しとるのに、痛んでまうで!」
「…こんな髪が、綺麗なんですか?」
「え?」
「僕は…純さんみたいな綺麗な黒髪に生まれたかった」
「礼之くん…」
「いっそ、染めた方が良いのかな?そうすれば、皆僕を日本人だって見てくれるのかな…」
今にも消え入りそうな声で呟く礼之の身体を、純は優しく抱き締める。
「僕は、礼之くんの髪も瞳も、そして君の真っ直ぐな心根も大好きや。せやから、そんな風に自分自身を傷付けるような真似せんといて」
「…」
「…お願いや。試合が終わるまででええから、今だけはコーチと僕の言う事聞いて欲しい」
「…判りました」
抱き締める手に力を込めた純の懇願の言葉と、彼の身体から仄かに漂う白檀の香りに、ほんの少しだけ礼之の心は落ち着きを取り戻した。