【YOI】輝ける銀盤にサムライは歌う【男主&ユーリ】
第3章 闇夜の脅威を消し去れ
「このグループ最後の滑走者は、日本の伊原礼之!曲目はシベリウスの『フィンランディア』。衣装も伊原の生まれ故郷、フィンランドの擬人化『スオミネイト』を模したものです。SPは10位でしたが、このフリーで何処までスコアを伸ばせるか?」
(…無理に忘れようとまではしなくていい。けど、今は競技に集中するんだ)
深呼吸を1つした礼之は、目を閉じると心の中でそっと呟く。
競技時間の都合上短縮や編集をしているが、金管楽器がけたたましく鳴り響くと、礼之は険しい表情のまま滑り出した。
(この序奏は、当時のロシア軍の侵略を表現したもの…でも、そんな戦争は僕が生まれるとっくの昔に終わってる。これは僕の弱い心、卑屈で醜い僕自身だ!)
最初のジャンプの体勢に入る礼之の脳裏に、これまでの様々な苦い記憶と感情が駆け巡ったが、それらを振り切るように宙を舞うと3Aを着氷させる。
(だったら僕は、乗り越えてみせる!大好きなスケートを、この曲を、そんなものに侵させはしない!)
闘争への荒々しいフレーズの後で転調したのを機に、礼之は、改めて自分自身に打ち克つ為の戦いを始めた。
「!」
「これは…」
長調のメロディに変わると同時に、礼之の顔から一切の迷いが消えたのに気づいた純とコーチは、思わず目を見張った。
「伊原選手、次のジャンプは…決まった!4S!」
快活な弦楽器の刻みに合わせて軽やかなステップを踏む礼之は、心の中で「Tulta(撃て)!」と叫びながら右手をかざし前方に突き出すポーズを取る。
そんな礼之に客席からは歓声が上がり、控室で腰を温めながらモニタを見ていたオタベックは、思わず「良い進軍だ」と感想を漏らした。
冷静に、しかし速度は落とさず何とかスピンを回りきった礼之は、大きく手を広げた状態でリンクの中央まで進むと、プログラム後半の演技に入った。
前半の力強さとは対照的に、有名な『フィンランディア賛歌』のメロディに合わせ、指先まで意識を集中させながら柔らかな動きを繰り返す。
「あの仕草、まるで純が乗り移ってるみたいだね」
「好対照な動きは、PCSにも反映する。良いアピールだ」
後輩の勇姿に友人を重ねる勇利に、ヴィクトルも相槌を打った。