第35章 死に損ないの嫁ぎ先ー前ー(元就)
「声が出るようになってよろしゅうございましたね、華月様」
「ありがとうございます。寧(ねい)殿
ご迷惑をお掛けしておりました」
入水後毛利邸で看病してくれていた女性、
寧は元就お抱えの薬師だった。
「華月様の声はお心の病みたいなものでしたのでしょう。
胸の支えが取れたのですか?」
寧の優しく深い声色は華月の心を掻き乱さない。
「わかりません…ですが、
父と母が冥土に往くのに、私の悩みは小さな事だったのだと思うのです。
これから、どうなろうとも、命を繋いでくれた父と母の為に強く生きていこうと思います」
華月は寧に笑って見せた。
泣き出しそうに潤んだ瞳を細めて。
元就は戻った足をそのまま華月の部屋へ向けた。
「華月居るか?」
「はっ、はいっ」
緊張した声で返事があった。
「父上と母上の形見だ。
見れば辛くなるかと思ったが、
死に目にも会えなかったのだし、一応な」
華月は元就から受け取ると、
哀しげに胸に抱いた。
「…ありがとうございます…」
敵で、どうかすれば父母の憎き仇に
『ありがとう』と礼を言うのも可笑しなものだ。