▽▲ 大人ノ玩具箱 ▲▽【イケメン戦国】(R18)
第19章 ▲月華美人▽ *明智光秀* -拾-
ハナの左側に跪き、家康が盃に酒を注ぐ。
「二度、酌をする。あんたは盃を二杯、四度で飲んで―…」
「待って家康!誰も本気で思ってないって、どういうことっ?」
銚子を置き、家康がひとつ、溜息をつく。
酒をなみなみと注いだ盃を、ハナの手に持たせた。
「あんた、あちこちで光秀さんのこと、庇ってたんだってね」
「―…っそれは…本当のことを言っただけ」
盃の酒を見つめ、ハナが呟く。
敢えてそうしたわけではない。
城下町でも城中でも、光秀の良からぬ噂を耳にしていた。
そのことに耐えきれず、光秀の為人を話して回っていただけだ。
「それが、光秀さんの仇になっていた…としたら?」
「え…?」
盃の中の、水面が揺れる。
「今回の光秀さんの城下での噂、出所が光秀さん本人だって、知ってた?」
水面に浮かぶ、ハナの顔がゆらゆら揺れる。
その瞳の色も、ゆらゆら歪んだ。
「ど…して…」
「謀反人としての汚名を掲げて、上杉軍の信用を得て懐深くに潜入する…それが、目的だった」
敵陣へ、潜入?
そのための、汚名だった…?
町へ出るたび、どこからともなく聞こえてくる光秀の噂。
耳を覆って知らぬふりなどできず、誤解だと弁解せずにはいられなかった。
光秀を模る言葉が、あのような罵声を含むのは余りに哀しい。
その背中が、どんどん離れていくようだった。
光秀の言葉が真実なのか、嘘なのか。
それはわからなかったが、しかし体が勝手に動いていた。
光秀を止める。
そう、宣言しながらも、結局できたことはそれだけだった。
疑う事すら、できなかった。
それが、全て光秀自身の意思だったのだと。
安堵より、光秀の孤独が胸へと突き刺さる。
脳裏に、刀を構えた男たちに取り囲まれた光秀の映像が浮かぶ。
いつもの、心の読めない笑みを口元に浮かべている。
硝子のような、黄金の瞳。
それは、危険なことではないのか。
一歩でも進む道を誤れば、容易に刀がその身に届く。
汚名を浴びせられながら、それでも表情一つ変えなかった男の心中がようやく見えた。
その汚名こそが、その身を守る唯一の鎧だったのだとしたら…。