▽▲ 大人ノ玩具箱 ▲▽【イケメン戦国】(R18)
第18章 ▲月華美人▽ *明智光秀* -玖-
その日は、朝から雨だった。
しとしとと降る雨音に、ハナは自然と目が覚めた。
まだ薄暗い自室の中で、そっと体を起こし、障子をみれば、わずかにぼやりと障子紙が白く梳けていた。
夜は明けているらしい。
「……なんだろう、何か……」
いつもと、違う。
どこが違うとは、判然としない。
しかし、張りつめた糸ような空気が、ハナの肌を刺し抜いていく。
己の心臓の音がドクドク、ドクドクとやけに大きく脈を打ち、いよいよハナの不安を煽る。
自分を落ち着かせるように褥から出て、片づけた。
鏡の前でゆっくり時間をかけて髪を梳く。
『 』
「――…っ!?」
”何か”が聞こえたような気がした。
微かだが、耳に馴染む、軽やかな音。
そう、まるで鈴のような…。
ようやく、不安の要因に気付く。
音がしない。
今朝は、まるで人の気配を感じないのだ。
城主に合わせるかのように、安土の朝はいつも早い。
廊下を行きかう人の衣擦れの音。
囁くように交し合う、朝の挨拶の声や、笑い声。
そんな城仕えの人々の営みが、今朝はない。
雨音さえもなかったならば、耳鳴りがしてしまいそうなほどの静寂が、ハナの部屋を満たしていた。
何かあったのだろうか。
もしや、自分が寝付いた後に何かあったのか。
突然の出陣があったのではないか。
考えれば考えるほどに、不安が募る。
ハナは急ぎ夜着を脱ぎ、簡素に着物を纏った。
飾り紐など付ける気にならず、逸る胸を押さえながら、表へ繋がる障子を開いた。
「――…あ」
温かな細雨の中に、菫の花が揺れていた。