第10章 正体
「祖父は、私の正体を誰にも言わず黙っていた。親族にもだ。退役時、ただ一人の腹心の部下にのみ経緯を話し、私の行く末を託したそうだ」
「なんだと…?」
「そう。その男こそ、2年前、劇場船を襲撃し私を連れ去ろうとした、海軍中将の男だ」
この男は祖父を慕ってなどおらず、出世のために取り入っていただけだった。
「海軍中将が独断で民間を襲撃した不祥事を揉み消すために、海軍及び政府はこれを海賊のせいにした」
私の正体、希少種の発見を明るみに出すことで手柄を得ようとしたのだ。
しかし、それは思わぬ形で邪魔をされる。
「劇場船を破壊され、仲間を人質に取られ成す術のなかった私と共に戦ってくれたのは、麦わらの一味だ」
スモーカーは何も言わず、ただぎりぎりと拳を握りしめ、私の話を聞き続ける。
「私はただ舞台で歌っていられればそれで良かった。私の居場所を奪ったのは海軍で、私を救ったのは海賊だ。お前たちは正義を平気で捻じ曲げる、大義とやらのためにな」
かの男が真っ当な人間だったなら、私が海軍にいた未来もあっただろう。
「言ったはずだ、お前たちは自ら私を獲得するチャンスを逸した、と」
その事実が、この真っ直ぐな男には耐えられない。
スモーカーは何も言い返せないでいた。