【DC】別れても好きな人【降谷(安室)※長編裏夢】
第90章 いらない記憶
蘭さんが残していた連絡先は、二つ。
蘭さんの家の電話番号と、……安室さんの電話番号。
公衆電話の前。消灯時間間際で、10円玉を掌の上で転がしながら、悩む。
どちらにかけるべきか。
どちらにも、かけたらいいのだろうか。
……といっても、蘭さんの家は誰が出るか分からない。蘭さんのお父さんと、小さな少年も、きっと……いる。
誰が出るか分からない先よりも、確定でこの人が出るとわかっている番号のほうが少しだけ連絡がしやすい。
…………と思いたい。
自分の中で結論が出て、10円玉を入れて、……ボタンを押す。
プルルルル、プルルルル、とコール音がして、それから、プッ、と音がして、コール音が途切れた。『はい、安室です』と出る声になぜだろう。……胸が、熱い。
「夜分遅くにごめんなさい。……○苗字○です、退院の日が決まったので、連絡をと思いまして」
『……そうですか。ありがとうございます。その様子だと、記憶はまだ戻ってないようですね』
「はい。…………ごめんなさい」
『退院の日、迎えに行きますね』
「え? 来てくださるんですか」
『もちろんですよ。……それに、以前の貴女は僕と一緒に過ごしていたので』
蘭さんから、それは聞いていたけど、この人から聞くのは初めてで。淡々と、事実を述べるようなその声に、うまくいってなかったんじゃないかとすら思う。
『午前中の手続き終わるころを見計らって伺いますよ』
「はい。助かります」
『では、……夜も遅いので』
「……はい。遅くにごめんなさい」
『いえ。久しぶりに声が聞けて、少し安心しました。……退院おめでとうございます。おやすみなさい』
「はい、おやすみなさい」
名残惜しい。
なぜかそう強く感じる自分の何かに、言葉にできない恐怖を覚えた。
覚えていない。
知らない。
なのに、
また、声が聞きたい。
ブー、ブー、と公衆電話特有の電話の切れた音に、不安が煽られるような感覚になった。
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