【DC】別れても好きな人【降谷(安室)※長編裏夢】
第90章 いらない記憶
「私に話しかけてるのに、……期待されているのが伝わるんです。今日は思い出してるんじゃないかって。きっと、それは、当然のことだと思うけど…………でも、今の私は、……じゃあ、なんなのかってなって」
考えて、ぐるぐる悩んで。
そしたら、……わからなくなって。
「私に会うと、……みんな傷ついた表情をするから。だったら、もう、誰にも会わないで、…………いつか、私が私を思い出すまで、『私』を生きてもいいのかなって」
ああ、うん。
何を言ってるのかわからないだろう。
私自身、何を言っているのかわからないんだ。
忘れていることが怖いはずなのに、期待されるほうが重たくて逃げだしたい。
忘れていることよりも、人に会うほうが怖い。
「嬉しかったと思いますよ」
「え?」
「例え記憶がなくとも、僕のことを覚えていなくとも。……貴女がこうして生きていることを、喜んだと思います」
そうだといいな、と思った。
そうだったら、少しは気持ちが軽くなる。
「お見舞いに来ていた方に連絡してみます。失礼な態度とってしまったし。……それに、ここを退院しても正直家も分からないんですよね」
「ああ、そうですよね。忘れたんですもんね」
「なんだかその言い方、私が物忘れしたみたいな言い方ですよね」
「あれ、違いました?」
揶揄う言い方に笑いながらわざとらしく怒って見せれば、沖矢さんの目が、開いて、目が合ったように見えて。
「沖矢さんって、綺麗な目してますね」
「…………はい?」
「ああ、いや。こーんな糸目してたから、初めて瞳を見たなって思って。ちょっとどきっとしちゃいました」
綺麗な目だと、思ったんだ。
「貴女も」
「はい」
「貴女も、綺麗ですよ」
そういう意味じゃないと分かっているのに、耳まで熱が集まって、背を向けた。
「~っ、病室に戻ります」
「ええ、体が冷えますから気をつけてくださいね。では、また明日」
「……はい、また」
また明日。
そう、告げられるのもあと僅か。
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