第5章 ヘルサレムズ・ロットとクズと私
「仕方ないでしょう。引き継ぎもあるし、退職手続きとか今月分の給与とか言われたら行かないわけにいかないし」
「それも全部終わったんだろう? なのに何で浮かない顔してんだよ」
相変わらず勘だけは動物みたいに鋭い。
一向に話の核心に入らない私に、イライラしてるみたい。
だからため息をつき、話し出した。
「店長からプロポーズされたんですよ」
「は?……あのデブ中年から!?」
さすがにこれは予想外だったみたいで、ザップは鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してた。
けどみるみる眉間にしわをよせ、
「あのエロじじい……いっつもおまえの胸とケツ見てると思ってたら、クソ野郎……!!」
いやいつも女の胸とケツ見てるの、あなたもですがね!?
「でも恋愛じゃないでしょうね、あっちは私をタダで使える奴隷に変えたいだけ」
辞める直前に、いきなり仕込みや発注を教えてきたから、認めてくれるようになったのかと期待したんだけど、そういうことだったのか。
脱力感が募るばかりだ。
ザップは不機嫌そのものの顔で、
「で? 何でおまえは迷ってるんだ?」
「経済的な保証に身分保証。それにあの店の半分が私の物になる」
互いを利用するだけの契約。だが結婚の理由としては決して珍しくない。
「くっだらねえ!!」
ザップは吐き捨てた。
「……でも私には大きいんですよ。地に足がつくってのは」
「俺には一片たりとも分からねえな!」
そりゃ、あなたほど強い人間なら、根無し草でも生きていけますからね。
でも私は違う。
ザップはよほど、おかんむりなのか、私から腕を離し、ポケットに手を突っ込んでがに股で歩き出す。
「……おまえも知ってんだろ? あのデブが前のかみさんに逃げられた理由はDVだぜ?」
「知ってますよ。多分、今も治ってないでしょうね」
「おまえが殴られたら、あいつを殺す」
嘘ばっかり。
「大丈夫ですよ。上手いことおだてて、家と店を乗っ取ってから離婚しますから」
自分でもクズだなあと思いつつ、ザップに笑うが。
「無理だ」
ザップはキッパリと言った。