第2章 はじめまして
終綴が用事を済ませ、教室でHRが始まるのを待っていると、ガラガラと扉が開いた。
少し驚いて、顔を上げる。
まだ、始業まで30分以上あるというのに──
四角い眼鏡をかけた、優等生風の男が入ってくる。
真新しい制服に身を包んでいるから、同級生なのだろう。
「む、先客がいたか…おはよう!君、早いな!」
どちらも生徒なのだから、先客というのには些か違和感があったが。
予想を裏切らない真面目そうな挨拶に、終綴は楽しそうに笑った。
「おはよう!」
特に話すことはないだろうと、そのまま読んでいた本に視線を戻す。
そのままペラ、ペラとページを捲っていると、優等生風同級生は何を読んでいるんだ!?と話しかけてきた。
何もすることがないから暇だったのか、本当にこちらに興味があったのかは判らない。
しかし、何だかその男の言動が楽しくて、終綴は朗らかに答えた。
「『シュレーバー回想録』」
精神病患者の手記だよ、と続けると納得した顔になった。
「凄いな、そんな本を読んでいるのか君は……」
──そうなのかな。
眼鏡男は感心しているが、終綴は特段自分が凄いとは思わない。
自分の家ではこれが普通だったし、これが当たり前だったからだ。
恋人の補佐の助けになるかもと、自分の意思で中学に上がった頃から読み始めている。
だから、これは自分にとっても家族にとっても、そして恋人にとっても、これが「普通」なのであった。
そして、恋人に想いを馳せていたところで──ふと、気になることがあった。
「私、君の名前知らないよ!?」
「はっ、ぼ…俺としたことが…失念していたよ!
すまないな!
俺は飯田天哉!聡明中出身だ、よろしく」
このキビキビとした特徴的な話し方と行動は癖なのだろうか。
自分の周囲にはいないタイプの人間だ。
それ故、面白い。
「飯田くん、ね!
私は依田終綴、よろしく!」
──聡明中ってことは、頭いいのか…なんて言うか、見た目通りだ………
終綴は勉学が苦手だった。
理系科目、殊に医学の話になると話は変わってくるのだが、文系科目は驚く程に出来が悪い。
テスト前にはこの人の世話になるかもな、と勝手にあたりをつけて微笑んだ。
そしてようやく、他のクラスメイトたちも教室に入ってくる。
始業時間が近いようだ。