第21章 暗い場所で輝く
「最近、ここらで噂になっているのはおまえか」
目を覚ますより、ゾワッと寒気が走るのが早かった。カッと目を見開く。
気温による寒さではない。
いや、たしかにこの日は凍てつくように寒かったが、本能から来る何かだった。
自分を見下ろすようなかたちで、その男は立っていた。
声から判断するに、まだ若いだろう。
逆光でその顔は判らない。
ただ、ああこの男は裏社会の者なのだなと、感覚で分かった程度である。
野宿を始めて早2年。
しかし警戒心をいつも忘れないでいた少女は、寝ている間に他人を寄せ付けるなんてことは今まで1度たりともなかったのだ。
自分が恨みを買いやすい立場にあることは理解している。
だからこその警戒だったのだが──
しかし、そこで彼女は内心首を傾げた。
──誰?
"仕事"で関わってきた人間の顔は皆、覚えている。
いつどこでこちらが殺されそうになるか判らないし、知らないうちに騙されたり襲われたりしてはたまらないからだ。
だが、この男に見覚えは全くない。
ああそうだ、────この男はつい先程、「噂の人間」を探しているというような趣旨の発言をしていた。
つまり、顔見知りでも何でもないのだ。
しかし、自分に恨みがあって、手荒なクレームでもつけにきたのかもしれない。
敵意は感じられないけれど、一応、と少女は立ち上がり腰をかがめた。
「…そうじゃない?
自分の呼び名や噂なんて、どうでも良いし知らないけど」
吐き出す言葉は、白い息を伴う。
数秒の沈黙。
そして、少女は気付く。
この男、若くはあるがしかし身につけているものは上質だ。
高く売れるだろう。
そこからの判断は速かった。
武器を持っている様子はない。
なら、この男は個性に頼った戦闘になるはず。
───殺して、服を売る。
自分の噂を知っても尚1人で来たのだから、この男は組織ではなく個人で暮らしているのだろうと当たりをつけた。
少女は、自分より強い者など存在しないと思っていた。
自分より有用な個性なんてないし、身体能力だって誰にも負けない。
幼いがゆえの、大きな自信。
しかしそれは、ただ生きてきた世界に彼女より強い者がいなかっただけの話。
井の中の蛙大海を知らず。
しかし、少女は思い切り強く地面を蹴った。