第16章 削がれた爪
1人が言った。
「半年見ない内に、お前は随分丸くなったな」
「…え?」
「今までのお前なら、何が何でも殺していた。周囲の人間、皆殺しだ…
タイミングなど、温い事を言うようになったものだな」
「…………」
何も、答えられなかった。
言い返せない。
手が、小さく震えた。
知らず知らずの内に、自分は平和ボケしていたのだろうか。
温い環境に浸り、慣れてしまったのだろうか。
何度か襲撃を受けたとはいえ、これまでに終綴が育ってきた環境と比べると、確かに平和な高校生活だった。
ヒーロー志望といえども、やはり高校生。
そこまで実践的なものは学べない。
授業もあくまで「訓練」だけであって、実際に敵と戦うことはない。
それに、────ヒーローには、縛りが多い。
守るべきものが多いということは、それだけ縛られているということ。
自由さなんて、どこにもない。
そういった意味では、"それ"を守ろうとしている時点で、終綴はヒーローに近づきつつあった。
いや、かといって、それを理由にしていいわけもないのだけれど。
「あまりこいつを虐めてやるなよ」
終綴の葛藤がわかったのだろう。
青年が、優しく終綴の頭を撫でた。
「やれやれ。終綴には相変わらず甘いな」
男は肩を竦めた。
「…次の仕事、私にちょうだい。
感覚、取り戻したい…」
しかし恋人に甘えてばかりでは駄目だ。
この家族で、うまくやっていくために自分は雄英に入ったというのに。
私生活との切り替えくらい、できなければならない。
ヒーローにもなれば、自分を見る目は増えるというもの。
このくらいで、弱音を吐いているわけにはいかないのである。
すると、青年はわかったと頷いた。
「幾つかある、全部やってみろ」
お前ならできる。
「…うん」
青年の温かい温度を感じながら、終綴は記者会見が始まるのを待っていた。
『この度────我々の不備から、ヒーロー科1年生28名に被害が及んでしまったこと、ヒーロー育成の場でありながら
敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えたこと…謹んでお詫び申し上げます
誠に申し訳ございませんでした』