第16章 削がれた爪
「あ、そうですけど…よくご存知で」
一般人に見える。
いや、木椰区での遭遇も、緑谷によると死柄木は一般人に見えたそうだ。
油断ならない。
しかし、その女性はのんびりとした口調で続けた。
「体育祭から、あなたたちのファンなの。
………ニュース見たわよ、…USJ事件に引き続き合宿まで……怖かったでしょう」
「ええ…すごく」
───別の意味で。
「クラスメイトを誘拐されたのよね?
私、息子がヒーローでね、殉職してしまったから少し気持ちは分かるのよ…」
ヒーローを目指すのは凄いこと。
だけど、怖くなったらいつでも辞めなさい。
大切な人たちが、悲しむだけだから。
望まない仕事について命をかけるなんてことは、絶対にしないでね。
彼女はそう続けた。
その瞳は僅かに悲しみを映している。
まだ、息子を失った感情は消えないのだろう。
自分たちは高校生。
素人だから。
プロではないから。
子供だから、素人だから殺されることはない。
悠長に、そんなことを言っている暇はないのだと、そんなメッセージを受け止める。
彼女の言葉には、確かな重みが存在して。
ずしりと、ヒーローの卵に乗った。
「こんな時だからこそ、言っておきたくて…この歳になると、お節介がしたくなるのよ…ごめんなさいね」
暗くなった子供たちを見て、女性は申し訳なさそうに頭を下げながらその場を去っていった。
───望まない仕事に命をかけるのは、大切な人を悲しませることになり得る…か。
終綴も皆に合わせて暗い顔をしながら、心は少し揺れていた。
───私は、ヒーローになりたいって訳じゃない。
───手っ取り早くお金を稼ぐならこの職業だと思っただけで、ヒーローにこだわる必要なんてないんだ。
───ま、人気を得るためでもあるんだけど…
───…………。
───家族を、あいつを、哀しませるのは……嫌だな。