第15章 夜明けの前兆
「おや…この子は────って、依田終綴?
殺さなくていいのか?」
彼女も持って帰っても構わんが、と男は言う。
───持って帰る…ってことは、「攫う係」はこいつか。
───「も」ってことは、爆豪はもう攫われた?
───よくわかんないけど、持ち運びに便利な個性か。いいなあ。
しかし、荼毘との交渉が決裂寸前な今、持って帰られるつもりは更々ない。
足を踏みしめ戦闘態勢に入るが、やめとけと荼毘は言った。
どうやらその言葉は、マジシャンに向けての言葉だったようだが。
「いいのか?」
不思議そうにマジシャンは首を傾げる。
いいんだ、と荼毘は頷く。
「ほら、脳無も言うことを聞かない…
こいつが怖いんだと」
───いけしゃあしゃあと…!
脳無は特定の人物の言うことしか理解しないはずだ。
状況から鑑みるに、今回は荼毘仕様のものだろう。
自分を殺せなんて命令すらしていない癖に、この男は大嘘を平気で吐く。
マジシャンは騙されたのか騙されたフリをしたのか、それなら仕方ないなと頷いている。
「脳無が恐れるなら、死柄木でも無理だろう」
「そういう事だ。
………で、爆豪は?」
話は逸れる。
「もちろん」
ゴソゴソ、とマジシャンはポケットの中に手を突っ込んだ。
その中に爆豪が入っているとでも言うのだろうか。
しかし、その行動を見ていた障子が、逃げるぞ!と声を張り上げる。
───?
「今の行為でハッキリした…
個性は分からんが、さっきお前が散々見せびらかした
右ポケットに入っていた"これ"が常闇・爆豪だな、エンターテイナー」
確信したかのような口ぶり。
障子の左手には、ビー玉のような小さな球体が2つ、握られていた。
どうやらここに来るまでにも一悶着あったらしい。
───というか、常闇も攫われてたのか…彼も目的の1つだった?
「っ…障子くん!」
「っし、でかした!!」
希望に満ち溢れた声の2人。
しかし、
「!!」
嫌な予感がして、サッと終綴はそこから姿を消した。
ギリギリ会話が聞こえるところに降り立ち、そこから様子を窺う。
そしてそれからコンマ1秒後、
「合図から5分経ちました。行きますよ荼毘」
黒霧が現れた。