第1章 救出
「…………さま…」
ぼう…っとする頭に響く優しい調べ。
「………ハデス様……」
そんなかわいらしい声で呼ばれたら、意識を手放すわけにはいかない。
「ペルセポネちゃん…」
「気分はいかがですか?目眩や吐き気などありませんか?」
はっきりしてきた視界には身を案じてくれる愛しい妻の柔らかな胸と顔。後頭部からじんわり伝わるぬくもり。膝枕だ。
妻が独特な粘着性をもつ水を滴らせている反面、自身の体が乾いていることに気付き、彼女の濡れた頬に手を添える。
「…風邪ひいちゃうよ」
「私はいいのです。ハデス様さえ無事なら。」
頬から伝わるハデスのぬくもりを逃さないように小さな両手を重ね、安堵の笑みを浮かべた。
「約束破っちゃってごめんね、ペルセポネちゃん」
意識がなくなる前、頭に浮かんだのは泣いているペルセポネの顔。そして、今自分を見つめている妻の目は赤く潤んで少し腫れている。
なによりもすぐに謝りたかった。
親指で宥めるように頬を撫でてると、今にも溢れそうなぐらい涙が溜まっていた。
「ごめんっ!本っ当にごめん!!!!」
膝枕されてる場合じゃない。破られたことが悲しくて泣きそうになっているのか、ペルセポネの目線と同じくらいの高さまで屈み肩をさすった。
「い、いえ…約束じゃなくて……ご無事で安心した反動と……ハデス様のっ…優しさに…うっ………泣き虫でごめんなさいぃいぃいい」
「約束破ったのに!?」
「破ってるのは泣き虫な私なのにっ…なのにわざわざ……謝ってくださって…」
「泣き虫って…」
知らなかった。
50…約25年一緒にいたのに自分の妻が泣き虫だということを知らなかった。
いやたかが25年か。まだまだ知れることがたくさんある。
「約束を破った罰は受けますっ…なんでも言ってください!」
「いや約束を破ったのは俺の方だ。むしろ俺様が受けなきゃ」
「いえ私が!」
…こうなったら絶対に引き下がってくれないな。
「じゃあお互いに罰を受けよう。これでいいかい?」
「っ……ん………わかりました。」
少し間があったが納得してくれたようで良かった。