第2章 終わりの始まり
今なんて…?記憶がない?私のことだけ?でも生きてる…、なら…だけど、でも…
ぐるぐると回る視界と思考についていけずにその場に蹲るとそうなることを見越していたのか、風見は大して慌てることなく膝をつくと静かに声を発した。
「先程も言った通り心身ともに限界だったところに不意打ちで受けたんです。死を覚悟してもおかしくはありませんでした。そんな状態の彼が考えることなど仕事とあなたのこくらいしかありません。仕事なら我々が引き継げますが、あなたを引き継ぐことは出来ないし、あの人がそれを許さない」
始めは淡々と、しかし徐々に声が柔らかくなり、最後は絶対の自信を持つかのように強く。いつの間にか揺れていた視界が風見に固定され、耳は情報を逃さないように澄まされていた。
「医師の話では脳の防衛本能が働いたということでした。それについて否定はしませんが、俺はあなたが次に進みやすいようにしたのではないかと…そう思えてならないんです」
『私が…?進みやすい…?』
「記憶のない恋人からは離れやすいでしょう」
まるで感情のスイッチを切ったように酷く冷淡な音がシンとした室内に響きわたる。届いた音を言葉として理解した途端カッと目の前と頬が赤く染まる。同時にそんなに薄情な人間だと思われていたのかと悲しくなった。
自分の太腿に置いていた手を握りしめ、無表情の風見を見つめ返す。相手の瞳に映る自分の顔は随分と酷いものだった。
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