第2章 終わりの始まり
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どうしてこんなに遅いのだろう。彼の車に乗っているときはあんなにも速く流れる癖に。理不尽に苛つくが、違うところに思考を飛ばしていないと怖くて仕方がなかった。それでももう見ていたくなくてギュッと目を閉じた。もっと速く。もっともっと。
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「降谷さんが意識不明の重体で警察病院に入院中です。永原さん…覚悟だけはしておいて下さい」
随分と淡々とした、それでいて押し殺したようにそう告げられたのは降谷が神妙な顔で部屋を出ていった四日後の事だった。その言葉に全身、冷や水を浴びたように凍ったのを覚えている。通話状態の携帯と財布を掴んで風見が呼んでいたタクシーに転がり込むと驚く運転手に震える声で行き先を告げた。
全身に響く鼓動と大きく震える体を抑えようと冷たくなった手で自分を強く抱き締めながら背中を丸めて、ただ大丈夫と狂った人形のように繰り返した。
『(零くん…零くん)』
あの空のような蒼色を甘く優しく緩めて笑う瞳が好き。
凛々しく守るように立つ背中が好き。
包み込むように抱き締めてくれる腕が好き。
たまに意地悪だけど愛を伝えてくれる手が好き。
愛しむように時に荒々しく触れる唇が好き。
南海って呼ぶ声が好き。
彼が…降谷零が好き。
覚悟なんてとっくにしてる。
だけどお願い、お願い神様。
『(零くんを連れていかないで…)』
どれ程そうして揺られていただろう。キキッと荒く止められた車に勢いよく顔を上げると真剣な表情をした運転手とミラー越しに目が合い、南海の様子から緊急だと判断したのかドアを開け"早く行きな!"と振り返り声を上げた。
その声で我に返り、握りしめて皺がついてしまったお札を置いて切れていなかった携帯に耳を当てながら駆け出した。
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