第3章 様々な別れ
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灰原哀が永原南海の存在を認識したのは、吉田歩美が彼女を”哀ちゃん”と呼び始めてすぐのことだった。
来週は自分の好きな絵本をみんなに教えてあげようという担任の言葉に絵本など読んだ記憶のない灰原は放課後、博士の家に集まった探偵団におすすめの絵本をそれとなく聞くことになった。
そこで出たのが永原南海の本だったのだ。
祖父が亡くなってから風呂嫌いになった男の子が突然現れたお化けと共に風呂の楽しさを知っていく物語を光彦が。
目が覚めたら何故か鰻になったいた少女がキッチンにある生け簀から脱出する物語を元太が。
その中で灰原が惹かれたのは歩美の話す物語だった。
虹の橋を渡るという姉を引き留めるために虹の始まりを目指す少女が様々な動物の情報に踊らされながらも最後は笑顔で姉を見送るという物語を聞いて、真っ先に浮かんだのは自分と対のように明るい姉のことだった。
「お姉さんの背中が見えたときにね、白蛇さんが言うの。”あの橋は笑顔で渡らないといけない”って…。それまでに色んな動物さんに嘘を教えられたりしたから、最初は信じなかったんだけど、でも…」
そこで切られた言葉に首を傾げる灰原に、見つめられた本人はすくっと立ち上がると自身よりも白い腕を引いた。
「ここから先は見た方がいいよ!歩美の家にあるから、行こう!」
えっ、と声を出すよりも早く走り出した歩美に連れられて行った先で読んだ最後に確かにこれは読むというよりは見るものだと納得し、そして宮野志保の姉も言ってくれるだろうかとあの光のような笑顔を思い出した。
この時から永原南海の生み出す世界に惹かれていたのだろう。
笑顔で渡らないといけない…その言葉に行かないでを飲み込んだ。滲む視界の中とびっきりの笑顔を見せた妹に、姉は一粒涙を零し笑顔で虹を上って行く。
キラキラと消えていく姿を見つめていた妹の下へ一枚の手紙が落ちた。
“ありがとう。いつかあなたがうんと大きくなったら笑っておかえりを言わせてね”
そして本の最後のページにはしわくちゃになった手を握る若い手が描かれ、真っ白い羽根が一枚添えられていた。
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