第3章 様々な別れ
慣れとは恐ろしいもので、ぼんやりと考えている間にも体はいつも通りに動き、目の前に決まった朝食を並べると腹が早く食えとぐぅぐぅ急かしてくる。
苦笑して鳴き始めた腹を押さえ、もう少し感傷に浸ってもいいじゃないかと文句を言いながらもこんがりと焼きあがったトーストに齧り付いた。
綺麗に食べ終えた食器を洗い終えた所で来客を知らせる音が鳴り、もうそんな時間かと結んでいた髪を解く。
今日は昔から南海を担当している田端が原稿を受け取りに来るのだ。時間を見ると丁度で流石と呟きながら玄関に足を向けると、途中に置かれた姿見に映る自分を視界に入れる。
大分腫れの引いた瞼が化粧で更に隠されたことを確認して扉を開くと、見慣れたパンツスーツを身に纏った田端春子が鼈甲の眼鏡越しに目を細めた。
リビングのソファに腰を下ろした彼女に出来上がっていた原稿を渡すと、笑顔で受け取った田端が次いで困ったように眉尻を下げる。
「何かあった?」
『…どうして?』
「目、腫れてるわよ」
“男だったらわからなかったかも”とウインクする田端を真っ直ぐ見つめて休業したいと願い出た。佇まいを直した彼女に続きを促され、訥々と話せる範囲で経緯を伝えると静かに聞いていた彼女がゆっくりと首を縦に振る。甘えたことを言うなと叱責されてもおかしくないというのに"待ってるから"と笑んで快諾してくれた彼女に深く深く頭を下げた。
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