第3章 様々な別れ
新しい朝が来た。勢いよく開けたカーテンから眩いほどの光が溢れ、腫れあがった瞼を一斉に刺激し始めた。お天道様は優しくないなと苦笑して窓を開け、さわさわと髪を撫でるように抜けていく風に目を閉じて肺に朝の空気を取り込むと、悩んで悩んで悩みぬいて決めたこれからを思い浮かべながら歯ブラシを銜えた。
出来ることから頑張る。
だからまずは仕事を休業する…。
これは持論だが、人の心には愛情の受け皿があると考えている。器は人によって大小様々な物だろうが、南海は自分のそれをコップに例えていた。そして、内側に溜まるのは注がれた愛情、外側に溢れたのは注ぐ愛情だと。
南海の心にある器は今現在空なのだ。キラキラと反射するコップに溜まっていた愛情は自分の心に入った罅の補強に、海のように溢れていた愛情は最愛の彼の幸せを願うことに使ってしまった。
空っぽのまま描いた絵本は誰も幸福にならない。それに読んでくださる方々に失礼だと考え、せめて愛情が溜まるまではそうするべきだと思い至った。
そして、引っ越しもしようと決めた。
ここには温かい記憶がありすぎて前を向くには辛過ぎる。自分の家より寛げると言ってこの一年、半同棲状態だったこともあり、今も周りを見れば少ないけれど降谷が持ち込んだ私物が目についてしまい、この部屋に留まるのは精神的に持ちそうにない…。
というのも勿論理由としては大きいけれど、このマンションは降谷の自宅と近い。彼の私物を処分してここに留まったとしても、いずれ嫌でも降谷とまだ見ぬ婚約者が並んで歩く姿を目にする時が来てしまう。つらつらと言い訳を並べているけれど、要は自分の心を守るために逃げたいだけなのだと自嘲した。
最後に…降谷と会うことがあったら笑顔で。
これが出来たらきっと大丈夫。出来るように頑張る、出来ることから頑張る。
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