第9章 運命の番(過去編)4
「大丈夫よ、私自身に彼等に恩があるだけだから…」
「そっか…」
「私は貴女を一目見たときから一目惚れしていたのよ、凛とした顔が綻び真っ直ぐであり優しく微笑む…私の顔を見てベルと呼ぶ春枝の声や表情がとても好きだった。もしも貴女がΩだったら…きっと番にしていたと思うわ」
「っ、…ベルは本当に私が好きだね」
「勿論、貴女は私にとって光そのものですもの…」
ベルは目を伏せた。カランと赤みがかった色を浮かべるスイート・ベルモットの入ったグラスの氷がゆっくり溶け始め音を立てていた。その表情は悲しみにくれており、痛々しく微笑むように私を見る。ほんの一瞬だ、ベルを昔から知らなかったら気付けないくらいの些細な雰囲気に私は目の前の酒を見つめる、私の前には透明に近いドライ・ベルモットがありシュワシュワ小さく音を奏でながら泡が浮いて消えていた。
「ベル、貴女のいうミューズが私ならば音楽・舞踏・学術・文芸などで貴女の苦しむ全てを癒して包み込み助けるよ」
「!、春枝…」
「だから安心して私に寄り掛かっていいから、独りで抱え込むのはなしにしてね?それに私ももう子供じゃないしさ…」
「……ふふ、私からすれば貴女はまだまだ十分子供よ?」
ベルは少し可笑しそうに笑ってスイート・ベルモットに口を付けていた。私は肩を竦めて手厳しいなと笑った。
「春枝、ありがとう…」
「ベル…」
「でもこれ以上は駄目よ。貴女は私の光であり闇に染まってはいけないの…貴女は私のミューズ。美しい曲を奏でながら惑わせる歌姫であり、時には私や観客を魅了する舞姫…」
私の頬をするりと撫でたベルモットの白い肌が一際目立つ。愛しい人を見る目で穏やかに彼女は微笑むから、私はその白い手をそっと重ねてゆっくりと目を閉じた。
ーーー。
どこからが本当で、どこからが嘘なのかは分からない…それでも両親が危ない目や危ないことに手を染めていないことを聞けただけでも大きな収穫といえるだろう。ベルと別れて、黒くセクシーなロングドレス姿の私は外に出ればかなり目立った。ピンヒールを鳴らして爺やに連絡を入れ……ようかと思っていたが、目の前に真っ白な車が止まった。ベルモットを迎えに来たのだろうかと通り過ぎようかと思っていたけれど、軽いクラクションを鳴り、振り返れば運転席から顔を出す安室透がいた。
「乗って行きませんか?」