第8章 運命の番(過去編)3
「春枝、浮気か!この俺がいながら!」
「春枝ちゃん、捨てないで!俺の嫌なところとか直すから!」
「春枝…俺のこと幸せにするって今言ったばかりだよな!」
「春枝、なにか理由があるんだよな!頼む、そうだといってくれっ!」
「いや先ずさ、ノックくらいしろや」
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零さん、研二さん、陣平さん、景光さんと声を荒らげる。私は携帯を片手に軽く頭痛のする頭で言葉を選びつつ、また後でかけ直すと伝えて通話を切った。
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「はい、先ずは見合いという名のただの食事会です。相手はαの敏腕女社長で、父とは昔ながらのライバル、母とは古くからの親友であり、Ωの母を二人で取り合った仲でもあります…別にお二人は隠しているわけでもありませんが、男女のαで優秀な社長(両方とも妻子持ち)二人が和室や洋室で密会だなんて…そんなつもりはなくても如何わしく思えませんか?メディアが是非にとも飛び付きたくなるような話です」
あれやこれやと噂話などに余計な情報が入り、嘘偽りをデカデカとトップニュースにされそのまま大袈裟に尾ひれ背びれが付くなんて事があればそれこそ会社が傾く可能性も出て来る。違うと説明したとしても世間からの疑惑の目はずっと消えないだろうし、結局責任をとる形で社長を辞任することもある、それだけはなんとしてでも避けなければ。
「αの女…」
「孕めませんし、孕ませることも無理です」
「そ、そうか…」
「落ち着きました?」
阿鼻叫喚だった雰囲気も落ち着きを取り戻しつつ、温くなってしまった珈琲にまた口付ける。女社長は私をかなり甘やかす。私を音楽・舞踏・学術・文芸などを司る女神、ミューズと呼び慕う。周りの大人は私のことをセイレーンというが、なぜかあの人だけは私をミューズと呼ぶのだ。ブルネットのふわふわとした長い髪が印象的で、その瞳は作り物めいており冷たくしかし透き通るくらいの綺麗な水色。うっそりと笑い真っ赤なグロスが口角を上げて艶笑する、私の唇にそっと人差し指を押し当てて微笑むのだ。
「私のことはベルと呼んでちょうだい…私の愛しいmuses(ミューズ)」
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私自身、記憶が今までなかったから気にしていなかった。なぜなら誰よりも優しかったからだ…今思えばベルモットと似すぎている。というよりあんなにも美しい美女がそこら辺にいるわけがないのだ。