第1章 死人に口有り
少女は歯を食いしばりながら、勢いよく女の胸ぐらを両手で掴み上げた。
「よくも、私の死を無駄にしようとしてるわね!」
今までで一番の激情を露にし、少女は怒る。何よりも許せなかった事。それは武田が少女の死を無駄にしようとしている事だった。
「何が報いよ! 何が一生背負っていかなきゃならない咎よ、くだらない! いい加減な事ほざくんじゃないわよアバズレ! アンタがそんなタマじゃないのは見守ってた七年間で知ってんのよ!」
七年間、少女は死んでから加害者の生活を見ていた。その生活を見れば分かる事がある。それは武田は本来、ずば抜けて明るい性格をした女だった事だ。事故のすぐ後、武田の友達は彼女を馬鹿騒ぎで励まそうとしていたし、彼女の自室には笑顔で登山をする彼女の写真が壁一面に貼られていた。仕事場では「姉御」と慕っている後輩も数多く、彼女が魅力的な女性であるのはすぐに理解した。だが、そんな女性はもう存在しない。事故の後、武田は人が変わってしまったからだ。笑顔は泣き顔にすり替えられ、活発だった彼女の性格も根暗と化した。まるで、事故の日に彼女も共に死んでしまったかのように。
「アンタが自分の殻に閉じこもって自己嫌悪なんかしたら、あの日に死んだ人間が二人になっちゃうよ!? アンタと私、二人の人間が死んだ事になっちゃう! 死んだ魂が二つになっちゃうよ……」
生きた屍と称しても違和感がないほど、女は無気力だった。殺された人間と殺した人間。確かに、どちらも悲しみを経験した事には変わりない。どちらの悲しみが重いかなど、天秤にもかけられないだろう。無気力になるのも頷ける。死んだ人間みたいになるのも理解は出来る。しかし、死んでいる者と生きる者には決定的な違いが一つだけあった。
「私にはチャンスがないの! 分かる? でもアンタはまだやり直せるじゃない……。アンタには泣き言を口にする資格なんて無いんだから! 罪悪感なんて、アンタが自己満足する為の道具じゃない! 結局、私の為じゃない。アンタはアンタの為に悲しんでるんでしょ!? そんなの馬鹿げてるわよ! そんな暇あるんなら、近所の飲酒運転撲滅キャンペーンにでも参加してよ!」