第6章 忍び寄る“影”(敵)
「アナタはたった1人の小さな女の子のために、曲を弾きましたよね?」
このウェイターは、かなり音楽に詳しかった。
クラシックも洋楽も世界中の有名な曲も、前奏を聴くだけで当てるのはお手の物。外すことはない。
なのに、彼女が弾いた2番目の曲は分からなかった。
しかも似たような音程やリズムの別の曲も思いつかなかった。
クラシックでも同じ時代に作られたなら、似たような風潮のものもある。
でも2曲目は、どんな時代の風潮にも当てはまらない、全くの無二だった。
(まさか、リスエストされたあの瞬間に頭に思い浮かべそのまま弾いたのか?)
この方なら十分あり得る。さっきまで故障していたピアノでさえ、あんなに繊細に弾いたのだから…
これほど上手いのは、今までピアノに強い情熱を注いだ証
一見情熱とは程遠い理性的でまだ若いこの女性。今までどんな経験を…?
「あの、どうか…されました?」
由来はウェイターの思いつめた表情を不審に思い声をかけた。
「…いえ、失礼しました。私はウェイターだけでなく、こちらのピアニストの手配をしている者です」
「なるほど。だから音楽に詳しいのじゃな」
テーブルに寄って小声でヒソヒソ教えた。
「正直に申し上げますと、こちらで雇っているピアニストは、お金にガメツい輩ばかりで。腕は確かなのですが…ね」
それは愚痴に近いものだった。
さっきまで丁寧だった彼が言うほどだから、よほど酷いのだろう。
もちろんお金は生活にとても必要なものだ。
ただ場合によっては、人の気持ちを簡単に変えてしまう、麻薬のような恐ろしい凶器にもなり得る。
短所と長所は表裏一体。
大人は金や欲にかられて、大事なものを見落とすことが多い。
だから、「人生の中で本当に大事なものは何か」は、案外子供の方がよく分かっている。
このレストランのピアニストの場合、利益を求めるあまり、周りが見えなくなり、おもてなしの心というのを忘れている。
ウェイターは確信していた。
「ピアニストを見てきた私だからこそ断言できます。彼らとは違い、
1人のために弾いたアナタは、素晴らしい心の持ち主だと存じております」
彼女なら大人になったとしても、おもてなしと謙虚の心を忘れない素晴らしいピアニストになれる可能性を。